「匿名」か「本名」か。ネット上で意見が交わされるとき、たびたび焦点に当てられます。

匿名には、5ちゃんねるのような個人が秘匿される「匿名」と、実名を公表しないという意味での「半匿名(ハンドルネーム)」の2種があると考えています。

私が特に言及したい「匿名」とは、Twitterなどを「ハンドルネーム」を用いて、実名を公表せずに投稿し続ける人々のことです。半匿名とでも称しましょうか。

新しいコミュニケーションサービスのほとんどでアカウントを作成する必要があり、投稿はIDと紐づけられています。
そのIDや表示名に実名を使うか、ハンドルネームを用いるかは基本的に自由です(Facebookのように実名が推奨されるようなサービスは除く)。

「匿名で言う人間は信用できない」と言う方がいらっしゃいますが、ネット上の「匿名」は本当に信用できないものでしょうか。
私はそうは思いません。

「実名」が実名だと立証することが難しい

そのアカウント、あなたは「実名」だと判断できますか?

例えば「佐藤ちよ」というTwitterアカウントがあったとします。苗字も名前もフツウなこの姓名、あなたはその人の本名が本当に「佐藤ちよ」であると確信できますか?

苗字+名前とそれっぽいプロフィール写真があれば、そのアカウントは「実名」であると漠然と判断してしまうのではないでしょうか。何の根拠もないですが、「っぽい」と思わせられるのです。

普通の人にとって、その姓名のひとが本当に実在しているかなんて判断することはかなり難しいこと。ググったって、相当なこと(賞を獲るとか)がなければ引っかかりません。

さらに、ググって出てきたその人が現実の「その人」であるという同一認定は相当難しいことです。同姓同名の他人だということもあるでしょう。

ハンドルネームも一つの本名に

ハンドルネーム、つまり実名と違う名前であっても、名乗り続ければそれは本名と同様の信用・影響力を持っていくと考えています。

ネット上で、ハンドルネームが実名以上に知られている人はごまんといます。その人たちはコンテンツを発信していく中で、影響力を持つようになっていきました。
つまり、コンテンツの発信を重ねることで、どんな名前にも信用や影響力というものはついてきます。

ネット上でなくとも、作家や演者等、実名ではない仕事名を名乗っている方は多くいらっしゃいますよね。

私のChiyoもハンドルネームではありますが、表記こそ変われども10年ほど前から使い続けています。この名前での仕事歴こそありませんが、ネット上を通じて現実でも交友関係が続いている友人もいますし、私はネットを介したコミュニティの中では常にChiyoです。なんならリアルでも呼ばれています。

ハンドルネーム歴が長い人たちにとって、もはや「ハンドルネームはもう一つの実名である」という方も結構多いと思います。私自身もそう感じていますし、私の友人にも多くいます。

名前じゃなくて内容を

筆者が匿名であれ実名であれ、中身をしっかり見て柔軟に対応しませんか。

実名でネット上に投稿している人は、なんらかのメリットがあって本名を明かしているのでしょう。知人に発見されやすくするためであるとか、実名でおこなっているビジネスに繋げたいとか。

同じようにハンドルネームを選択している人だって、自分の好きな名前・覚えてもらいやすい名前を名乗りたいだとか、実名で行なっている活動と分けたいからであるとか、それなりにメリットがあるわけです。

匿名をひとくくりにして「匿名だから議論にならない」だとか、「信用に値しない」だとか決めつけてしまうのは勿体無いことです。中に人間がいるのはどちらも間違いありません。

この記事も実名派の方には受け入れられることはないのでしょう。私がハンドルネームですから。

私は実名至上主義が権威主義的で好きではありません。発言の内容より、相手のバックボーンばかりに意識が向いてしまいませんか。この人がこういうのだからそうなのだろう…と受け入れてしまうことがたびたびあります。もちろんバックボーンが発言の信頼性を高めることは事実です。
しかし、匿名であるからこそ立場の異なる人と忌憚なく意見を交わすことができる、ということもあるでしょう。

私はこれからもハンドルネームを使い続けます。実名でやらざるをえないという時がきたら、その時に身の振り方を考え直そうかなと思っている程度です。

実名だろうが匿名だろうが、話が通じない人は通じないし、モラルのない人もいるし、逆にきちんと考えている人は考えています。
うわべではなく、内容を捉えて判断できる人になりたいものです。

追記

当然のことですが、匿名であろうと、本名であろうと、誹謗中傷や殺害予告・脅迫は犯罪です。

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